監督のメリーゴーランドはワールドカップアジア最終予選期間中にそのピークに達する。2010年FIFAワールドカップへの道のりで3人の監督がその犠牲となったが、うち2人が西アジアのチームからだった。
現在、まさに戦いの真っ最中のアジア最終予選だが、同一監督のままこの戦いを終了するのは多くのチームにとって非常に難しいことだ。
UAEではブルーノ・メツ氏が北朝鮮とサウジアラビアに敗れ、予選突破の望みを見切った。UAE FAはまだあきらめず、後任としてメツ氏のアシスタントだったドミニク・バテネイ氏を据えた。
カタールは最近手術を行ったウルグアイ人のヨルゲ・フォッサーティ監督とは医学的な理由で双方が合意し、袖を分かつこととした。メツ氏はUAEよりもずっとチャンスの高いカタールに鞍替え。
カタールは初戦でウズベキスタンを3-0と撃破し、続くバーレーンとは1-1で引き分け、グループAで勝ち点4の首位に立っている。
監督交替劇の3番目を演じたのはウズベキスタン。2連敗を喫したラウフ・イニレーフ氏からミルジャラル・カシモフ氏へと望みが託された。
今後もさらに続く?
この動きはさらに湾岸諸国に広がりつつあるようだ。報道によるとバーレーンでも、サッカー協会とミラン・マチャラ代表監督の間に問題があるという。
南アフリカ大会出場のチャンスがわずかしかないと報道されているサウジアラビアも監督へのドアが開かれつつあるらしい。その結果、アル・ジョハル監督はこれまでの2試合-1勝1分けに終えたにもかかわらず-で試合後の記者会見への出席を拒否している。
この現象に慣れた西アジアのサポーターは監督たちへのシンパシーを持つことなどなく、たった1つの敗戦ですら監督解任を叫び始める。
デジャ・ヴ-既視感
2002年や2006年ワールドカップのアジア予選でも、同じようなシーンを見たようだ。
2002年大会予選、西アジアのチームは何度も監督を交代。アドナン・ハマド氏で始まったイラクはタエル・ジャッセム氏を経て、最後の2試合で指揮を執ったのはクロアチア人のルドルフ・ベリン氏。
サウジアラビアはマケドニア人のスロボダン・サントラッチ氏でスタート、アル・ジョハル氏で幕を閉じた。
解任、そして再任
ジャマル・ハッジ氏でスタートしたカタールはさらに混迷状態。3試合を終えた時点でブラジル人のパウロ・カンポス氏が就任して4試合後、ハッジ氏を再任した。
UAEも同様に、アブドゥッラー・サケル氏からオランダ人のティニ・ルジス氏に交替したかと思うと、後者が4試合指揮を執った後、サケル氏が復帰。
ウズベキスタンはロシア人のヴラディミール・サルコフ氏からレオニド・オストロウシュコ氏へ、オマーンはドイツ人のベルンド・スタンゲ氏で3試合を戦った後、オマーン人のラシェード・ジャベル氏へと交替。
2006年ドイツ大会予選では、サウジアラビアはガブリエル・カルデロン氏に代わってゲラルド・ファン・デル・レム氏が最終予選を率いた。
他の西アジアのチームも監督の首を挿げ替えるのに大忙しだった。バーレーンはクロアチア人のスレコ・ユリチッチ氏、ドイツ人ウォルフガング・シドカ氏、クロアチア人ルカ・ペルゾヴィッチ氏。クウェートはスロボアダン・パフコヴィッチ氏、モハッマド・イブラヒム氏、そしてルーマニア人のミハイ・ストイチタ氏。
ウズベキスタンも最終予選で2度の交替劇があった。ドイツ人のハインツ・ユルゲン・ゲデ氏、ラフシャン・ハイダロフ氏、そしてイングランド人のボブ・ホートン氏。